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そもそも俺はだれ?第2話

高所作業研究室のKENです。

誰にも興味を抱かれない前提で第1話を書いてみました。

不思議なもんで数名の方からコメントを頂き、驚きでしたW

さて、第1話の続きを振り返って行こうと思います。

前回は『うつ病』を煩って、数年間引きずりながら次の転職を決めたところまで行きました。

妻のふとしたひと言から転職を決め、土木系のがっつりガテン系の会社でお世話になる事になりました。

営業は絶対嫌だと伝えての採用だったので、もちろん現場作業員でのスタートです。

ここでお世話になったのは、地盤改良工事や地盤調査をしている会社です。

社長や事務員を入れても10名程度の小さな会社でした。

この会社では一般の木造住宅を新築する際に家が傾かないよう、杭を打つ作業をしていました。

出社初日は土砂降りの雨。

社長と会社で待ち合わせして現場へGo!

右も左も分からない状況でスタート。

長さ4m以上で30kg~40kgある鋼管抱えて運び、立てて重機で地面にねじ込んで行く。

延々と降り続く雨。

現場が終わる頃にはびしょびしょ、どろどろ、ぼろぼろ。

不動産営業でなまった身体には刺激的過ぎる初日でしたね。

完全燃え尽きていたこともあり、社長の運転する帰りの車中寝てしまうという粗相W

会社に戻り片付けをして帰宅。

玄関開けて「ただいま~」の声で出て来たかみさん。

「その格好…どうしたの?W」と、どろどろでぼろぼろの私をみてのひと言でしたね。

シャワーを浴び、食事し、落ちる…

翌朝びっくり!気持ちが超楽!筋肉痛がやばい!

と、私の『うつ病』脱出の出口の光が少し見えた感じでしたね~。

とにかくこの仕事をやり始めて1年は毎日毎日が必死でした。

日に日に体調も良くなり、充実した日々が続いてました。

ふとした時にこの会社の環境を見ていて、自分のやりたい仕事で起業するってのもありだなぁ~と感じました。

これまで、『働く』とはなるべく大きな会社に入り、収入の安定したサラリーマンしか考えた事が無かった。

自分としては新卒で苦労して東証一部上場企業に就職したにもかかわらず、何も考えずに転職、そして病気と転がり落ちている感じで毎日過ごしていました。

しかし、この頃から『働く』事のイメージが少しずつ変わってきていたのだと今になって思います。

話しを戻して。この会社で1年半過ぎた頃、社長から『営業』と『現場作業員』を兼任でやらないかとオファー。

これはマジで悩みました~。

もちろん営業をやることへの不安が第一でした。

この会社にいて感じていた事でもう一つ重要な事がありました。

『役割』です。

私は比較的器用な方だったので、大概の事は自分で何とかなってきたように思います。結果、人との協力関係に重きを置かなくなっていました。

しかし、現場作業をチームで行っていたり、小さい会社で社長から新人の作業員まで全員を俯瞰してみていると色々と気になって来ていました。

みな得意な事や苦手なことが違う、うるさいけど人の輪の中心にいる人、物静かに何も言わないけど常に周りのバックアップをしている人。

特にこの会社の社長に感じていたのは、『社長』と役割・役職を行う人と言う感覚。大きな会社や不動産の仕事をしている時はある意味『社長』は『社長!』と言う感じで、やるべき仕事の役割を示したものではないと思っていましたね。

と言うわけで、この会社での自分の役割を改めて考えた結果このオファーを受ける事にし、『営業』兼『作業員』で新たに動き始める事になりました。

まぁしんどいの一言。日中現場作業を行って、戻ってから設計と見積もり、現場の段取り。ただ不思議とストレスはあまり無かったように思います。

こんな日々を過ごしていると、自身の中で『起業』への興味が少しずつ膨らんで来ていました。

どんな仕事で起業しようかなと、よく考えていましたね~。

とにかくライバルが少なく、ニッチな業種や仕事で起業しようと思っていました。

とある夏休み。長野の山奥で開催されていたアウトドア合宿に参加する機会がありました。

そこで知り合った方に、一緒に山登り等に誘って頂く機会があり、自身でもトレイルランなども趣味としてやりはじめる事になりました。

そんな中で、ロープを使った登山やクライミングがあることを知り、これ~なんか仕事にならないのかと色々調べ始めたのが今の仕事のきっかけです。

調べて行く中で、プロとしてロープ技術を使った仕事があることを知り、いくつかの会社に募集をしているか問い合わせをすることになりました。

この時、すでに32歳。子供3人。という状況。

1社だけ面接をしてくれる会社があり、採用まで至りました。

まぁここで待っていたのは恐ろしい現実。

日給なんと8,000円スタートでその後もほぼ変わらず。

とても日中の仕事だけで家族を食べさせることが出来ないので、夜は居酒屋でバイト。

技術を習得することや仕事の流れを知る為、在籍を続けていましたが3年が過ぎたころ、区切りを付け『独立』の道を選びました。

ひとこと。辞め方が下手でした。

未だにここでお世話になった会社とは疎遠になってしまっています。人とのつながりを絶ってしまう退職はこの時が始めてでしたが、未だに残念に思っています。

狭い業界ですので、どこに行っても私についた悪いイメージはありましたW

まぁ気にしてもしょうがないので、自分のやるべき事をとにかく前に進めるつもりで最初の3年間はやってきました。

独立して4年目に転換期が来ました!

と長くなったので、転換期以降については次回にしようと思います。

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